Tomoriの退職体験③
① 仕事を辞めたいと思いながら、何年も動けなかった頃
② 仕事を辞めると決めてから、退職までに僕がやったこと
③ 退職後、会社員以外の働き方をいろいろ試した ← 今回の記事
仕事を辞めると決めたとき、転職先はまだ決まっていませんでした。
退職届を出した日も、本当はそのあとしばらく働かないといけないと思うと憂鬱でした。
ところが昼休みの少し前になって、会社から「もう帰っていい」と言われました。
お客さんどころか、社内のほとんどの従業員にも、挨拶すらできないまま、その日が最後の出勤になってしまいました。
9年近く働いた会社の締めくくりとしては、正直、あっけなさすぎたと思います。
あのとき僕の中には、いろんな気持ちが入り混じっていました。
「きれいごとは言っていても、そんな雑な扱いするなら結局は従業員のことを駒くらいにしか思ってないんやろな」。そんな気持ちもありましたし、
一方で、もう会社にいる時間そのものがしんどくなっていたので、
「少しでも早く帰れるなら、ラッキー」という気持ちもありました。
結局、昼休みのチャイムが鳴ると同時に、会社を出ました。

会社を離れた瞬間は、かなり開放感があったのを覚えています。
同時に、「これからは会社員以外の働き方も探してみたい」という期待もありました。
とはいえ、具体的に何をして働くのかは、まだ何ひとつ決まっていませんでした。
それまでの僕は、
仕事を辞めるなら転職して、次の会社でまた会社員として働くものだと思い込んでいました。
会社員以外の働き方をしている人のことも、どこか自分とは違う特別な人たちのように感じていたんです。
でも、会社を辞めてから実際にいろいろ試していくうちに、その考えは少しずつ変わっていきました。
プログラミングを教えてもらったり、自分でサービスを作ろうとしたり、noteやYouTube、LINEスタンプにも手を出したり。
ほとんどが今も続いていません。
やってみて「これは違うかも」と思ったものも、正直たくさんあります。
それでも、知らなかった働き方や収入の作り方を知るたびに、
「次も会社員しかないわけじゃないのかもしれない」と思うようになったんです。
今回は、転職先を決めずに仕事を辞めた僕が、そのあと何を試して、何をやめて、
「次も会社員しかない」という考えがどう変わっていったのかを書いてみようと思います。
会社を辞めて最初にやっていたのは、働くことではなく手続きだった
会社を辞めたからといって、次の日からすぐに新しいことを始められたわけではありません。
最初のころは、市役所やハローワークに通うことが多くありました。
退職後に確認したこと
- 健康保険
- 年金
- 住民税
- 雇用保険
健康保険や年金、住民税のことを確認したり、雇用保険の手続きを進めたり。
会社員のころは会社を通して済んでいたことも、辞めてしまえば自分で確認しないといけません。
退職する前にもある程度は調べていたつもりでしたが、実際に手続きを進める中で初めて知ったことも、正直たくさんありました。
だから退職直後というのは、「これから何をして働こうか」と考える時間より、こうした手続きに時間を使っていることのほうが多かったように思います。
とはいえ、会社へ行く必要がなくなったからといって、生活リズムまで崩したくはありませんでした。
そこで僕は、妻の仕事の送り迎えを毎日することにしたんです。
朝起きて妻を送り、帰る時間になったら迎えに行く。
会社員だったころとはまったく違う生活になりましたが、毎日決まった時間に外へ出る予定があることで、生活のリズムはある程度保てていたと思います。
時間そのものは、会社員のころよりずっと増えました。
ただ、「時間ができたから、やりたいことがすぐ見つかった」というわけでもなくて。
何かを始めてみても、今度は
「ここからどうやって良くしていけばいいんやろう」
「これをどうやって仕事や収入につなげるんやろう」
と、別のところで迷うことが増えていきました。
会社を辞めれば悩むことがなくなる、なんて思っていたわけではないですが、
それでも実際に時間ができてみると、今までとは違う種類の迷いが出てくるんやな、と感じました。
そんな中で、僕にとって大きかったのが雇用保険でした。
手続きを進めた結果、僕は雇用保険上の「就職困難者」に該当し、所定給付日数が300日になったんです。
この300日という期間ができたことで、すぐに次の会社を決めるのではなく、いろいろな働き方を試してみよう、と思えるようになりました。
300日以内に、何かしら方向性を決めたいと思った
雇用保険の手続きを進めて、就職困難者として所定給付日数が300日になったと分かったときは、まずホッとしました。
無事に手続きできた安堵もありましたが、正直なところ、「自分くらいの症状でも対象になるんや」という気持ちのほうが大きかったかもしれません。
もちろん、対象になるかどうかは人によって違います。
それまで僕は、こういう制度について詳しく知っていたわけではありませんでした。
実際に自分が手続きをする立場になって初めて、「こういう制度があるんや」と知ったことも多かったです。
300日と聞くと、約10か月あります。
すぐに次の仕事を決めなくても、いろいろ試せる時間ができた。
そう思えたのは、僕にとってかなり大きかったです。
ただ、「300日あるから何もしなくていい」とは思いませんでした。
むしろ「この300日の間に、何かしら方向性は決めたい」という気持ちのほうが強かったんです。
会社員に戻るのか、会社員以外の働き方を探すのか、それとも自分で何か仕事を作れるのか——この時点では、まだ何も分かっていませんでした。
だから、最初から一つに決めるのではなく、とりあえず気になったものは試してみようと思いました。
結果として、このあと僕はかなりいろんなことに手を出すことになります。
プログラミングを教えてもらったり、自分でサービスを作ろうとしたり、noteやYouTubeをやってみたり。
うまくいかなかったものも多いですし、途中でやめたものもたくさんあります。
でも、この300日という期間がなければ、「一回やってみて、違ったら次を試す」という動き方は、なかなかできなかったと思います。
僕にとって300日は、「答えが見つかった期間」ではなく、「答えが分からないままでも試せた期間」でした。
会社員とは違う働き方を、いろいろ試し始めた
会社を辞めてから最初に試したことの一つが、プログラミングでした。
フリーランスで働いている友人に教えてもらいながら、少しずつ勉強しました。
会社に雇われず、自分のスキルで仕事をする。
当時の僕にとって、そういう働き方は会社員とはかなり違って見えました。
実際にやってみると、プログラミングは思っていた以上に奥が深かったです。
少し勉強したくらいで仕事にできるようなものではないなと感じましたし、自分がこれから時間をかけて習得できそうな範囲については、
「これからAIでできることも増えていくんじゃないか」
と思うようになりました。
もちろん、プログラミングそのものに価値がないと思ったわけではありません。
ただ、僕自身がこれから多くの時間を使って身につけて、仕事にしていくイメージは、正直あまり持てなかったんです。そこで、別の方向も考えるようになりました。
次に考えたのが、パソコンやスマートフォンなどのデジタル機器が苦手な人をサポートする仕事です。
特に、高齢の方の中には、
「スマホの設定が分からない」
「パソコンを使いたいけど、誰に聞けばいいか分からない」
という人もいるんじゃないか。
それなら、自分にもできることがあるかもしれないと思いました。
会社で働いていたころは、「仕事」というと求人を探して、会社に応募して、採用されるものだと思っていました。でもこのころから少しずつ、
「自分ができることを、そのまま誰かに提供するという働き方もあるんやな」
と考えるようになっていったんです。
結局、この高齢者向けのデジタルサポートも、仕事として続けるところまではいきませんでした。
とはいえ、プログラミングもデジタルサポートも、最初から「自分には無理」と決めたわけではありません。
一度自分で触ってみて、
「これは自分には違うかもしれない」
と判断した、というだけなんです。
このころの僕は、まだ「これを仕事にしたい」と言えるものを探していたというより、「会社員以外に、自分には何ができるんやろう」と、一つずつ確かめていたように思います。
このころから、最初から答えを決めるより、気になることを小さく試して確かめるほうが自分には合っているのかもしれない、と思うようになりました。
自分の経験や知識を「サービス」にできないか考えた
デジタルサポートのような仕事を考える中で、今度は「自分がこれまで経験してきたことや学んできたことを、サービスにできないかな」と考えるようになりました。
- 自己理解プログラムを作る
- ココナラへ出品
- ジモティーへ出品
- くらしのマーケットを検討
僕はもともと自己理解や働き方についての本をかなり読んできましたし、キャリアコンサルタントの養成スクールにも通っていました。
それなら、自分なりに考えてきたことをまとめて、誰かの役に立つ形にできるかもしれない。
そう思って、自己理解に関するプログラムを自分で作ろうとしたこともあります。
本で学んだことやスクールで学んだこと、自分自身が仕事について悩んできた経験。
そういったものを組み合わせながら、「こんな流れなら、自分のことを整理しやすいんじゃないか」と、自分なりの方法を考えていました。
ただ、作っていくうちに一つ引っかかることがありました。
「これで本当にお金をもらっていいんやろうか」
ということです。
無料で誰かに話したり、自分の経験を書いたりすることと、お金をもらってサービスとして提供することは、僕の中ではやっぱり違いました。
自分が作ったものに対して、「これならお金をもらってもいい」と自信を持てるところまでは、正直いけなかったんです。
そこで、自己理解のプログラムはいったんやめることにしました。
そのほかにも、ココナラやジモティーに、自分でできそうなサービスを出してみたことがあります。
会社員のころなら、「仕事が欲しいなら求人に応募する」という発想しかほとんどありませんでした。
でも、こうしたサービスを使えば、自分で「こんなことができます」と出品して、仕事につなげることもできる。それ自体が僕にとっては新しい発見でした。
ただ、実際に出してみても、思っていたほど反応はありませんでした。
何を出せば必要としてもらえるのか。
どう見せれば興味を持ってもらえるのか。
そもそも、自分にはお金を払ってもらえるほどのスキルがあるのか。
やってみると、また分からないことが増えていく。そんな感じでした。
くらしのマーケットへの出店も考えたことがあります。
ただ、実際に掲載されているサービスを見てみると、僕にはかなり専門性が高く見えました。
「ここでお金をもらって仕事をするには、自分はまだ違うな」
と感じて、結局、出店までは進みませんでした。
このころは、「自分で仕事を作る」という選択肢があることは少しずつ分かってきていました。
でも、「じゃあ、自分は何を売ればいいんやろう」というところでは、ずっと迷っていました。
会社に雇われなくても仕事はできる。
そこまではなんとなく分かってきたけれど、自分が提供できるものは何なのか。
それはまだ、全然見えていませんでした。
「何をやりたいか」が分からないときに、僕が考えるようになったことは、好きなことより「嫌いなこと」を先に書くという記事でもまとめています。
サービス以外の方法でも、収入を作れないか試した
自分の経験やスキルをサービスとして売ることに難しさを感じてから、もう少し違う形で収入を作る方法も試すようになりました。
- note
- YouTube
- LINEスタンプ
その一つが、noteです。
自分が考えていることや経験してきたことを文章にして、それを読んでもらう。
人に直接サービスを提供するよりも、こういう形のほうが自分には合っているかもしれない、そんなふうに思ったんです。
実際にいくつか記事を書いてみたんですが、思っていた以上に反応がありませんでした。
もちろん、始めたばかりですぐにたくさん読まれるとは思っていません。
それでも、書いた記事を読んでもらえている実感がなかなか持てないと、
「これを続けて、本当に何かにつながるんかな」
と思うようになって、次第に書かなくなっていきました。
次に試したのがYouTubeです。
といっても、自分が顔を出して話すような動画ではなく、ショート動画を量産して毎日投稿するようなやり方でした。
動画を作って投稿するところまではできました。
でも、続けていく中で、収益化までの道のりがなかなか見えてこなかったんです。
再生される動画を作り続けて、そこから収入につなげていく。
実際にやってみると、僕が思っていたよりずっと難しい世界でした。
このまま続けても収益になるところまでいけるイメージが持てず、YouTubeもやめました。
LINEスタンプを作って販売したこともあります。
一度作れば、そのあとも売れる可能性がある。
そう考えると、自分がその場で働いていなくても売れる可能性があるところに、会社員とは違う面白さを感じました。
ただ、実際に販売してみると、1個売れたときの利益は大きくありません。
ある程度の数を売る必要がありますし、そもそも「どんなスタンプなら売れるのか」が僕にはよく分かりませんでした。
作ること自体はできても、売れるものを作ることはまた別なんやな、と感じました。
noteも、YouTubeも、LINEスタンプも、今振り返れば共通していたことがあります。
始めるところまではできる。でも、そのあとに、
「どうすればもっと見てもらえるんやろう」
「どうすれば収入につながるんやろう」
というところで、また分からなくなるんです。

会社員のころは、会社へ行って決められた仕事をすれば、毎月給料が振り込まれていました。
でも、自分で収入を作ろうとすると、仕事そのものだけではなく、知ってもらうことや、必要としてもらうことまで自分で考えないといけません。
いろいろ試す中で、僕は少しずつその難しさを知っていきました。
ただ、「自分で収入を作る方法は一つじゃない」ということも、同時に分かってきました。
サービスを提供する方法もあれば、文章を書く方法もある。
動画を作る方法もあれば、自分で商品を作る方法もある。
どれも僕にとってすぐに収入につながったわけではありません。
でも、会社員しか知らなかったころより、見えている選択肢は確実に増えていました。
「次も会社員しかない」と思わなくなった
振り返ってみると、退職してから試したことのほとんどは、今は続いていません。
大きな収入につながったものもありませんし、「これが自分の仕事や」と言えるものが見つかったわけでもない。
だから、会社を辞めていろいろ挑戦した結果、うまくいったという話ではないんです。
ただ、退職したころの僕とは一つ大きく変わったことがあります。それは、
「仕事を辞めたら、次の会社を探すしかない」
とは思わなくなったことです。
今振り返ると、働き方も「辞める」か「我慢する」だけで考える必要はなかったんだと思います。
転職するのも一つの選択肢ですし、会社員として働くことが合っている人もいると思います。
でも、自分でサービスを作る人もいれば、個人で仕事を受ける人もいる。
文章や動画、商品を作って収入につなげている人もいます。
在職中にも、そういう働き方をしている人を見たことはありました。
ただ当時の僕には、特別な資格や経験がある人だけができる、自分とは少し遠い世界のように見えていたんです。
実際に自分で試してみると、もちろん簡単ではありませんでした。
むしろ、会社員として働いていたころには知らなかった難しさを、たくさん知りました。
とはいえ、「自分には関係ない」と最初から選択肢から外す必要はないんやな、と思えるようになったのも事実です。
知らない制度や働き方は、そもそも選択肢に入れることができません。
僕自身、退職してから新しい制度や働き方を知るたびに、
「こんな方法もあるんや」
と思うことが何度もありました。
今すぐ仕事を辞める必要もないし、会社員以外の働き方を選ぶ必要もありません。
ただ、「今見えている選択肢だけで決めなくてもいい」と僕は思っています。
僕もまだ、自分に合う働き方を探している途中です。
でも、何も知らずに「次も会社員しかない」と思っていたころより、選べる可能性は少し増えました。退職後の僕にとっては、それが一番大きな変化だったのかもしれません。
もし今、「自分も仕事を辞めたいけど、何から考えればいいか分からない」という状態なら、こちらから読んでみてください。


